大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1954号 判決

控訴人 被告 中村儀十郎

訴訟代理人 新家猛 外一名

被控訴人 原告 篠原琢美

訴訟代理人 高橋巳之助 外一名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分をつぎのとおり変更する。

控訴人は被控訴人にたいし、金一万二百二十三円を支払うべし。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審をとおし五分しその一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は第二項にかぎり、被控訴人において金三千円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上ならびに法律上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎに附加するもののほか、原判決事実らんに記載するところと同一であるからこれを引用する。

(被控訴人の主張と立証)

控訴人は本件建物にたいする被控訴人の所有権を否認し自己の所有なりと主張して昭和二十年中被控訴人にたいし、本件建物にたいする被控訴人の所有権取得登記の抹消登記手続をなすべき旨の訴を宇都宮地方裁判所に提起し、(同裁判所昭和二十年(ワ)第四六号事件)、第一審では、控訴人が勝訴したけれども、被控訴人から控訴し(東京高等裁判所昭和二十二年(ネ)第一六三号事件)、審理の結果昭和二十六年十二月二十六日同裁判所において、原判決をとり消して、控訴人の請求を棄却する旨控訴人敗訴の判決言渡があり、控訴人から上告したが、昭和二十九年十二月二十四日最高裁判所において上告棄却の判決が言渡されて、控訴人敗訴の判決が確定した。この判決があつた以上民法第一八九条第二項によつて、控訴人は右訴を提起した昭和二十年中から後は本件建物にたいする悪意の占有者とみなされるから右占有によつて生じた本件不当利得返還の義務がある。控訴人の後記主張を否認する。

証拠として、甲第二、三、四号証を提出し、当審における中村正の証言を援用する。

(控訴人の主張ならびに立証)

一、本件建物はもと控訴人先代亡中村清之丞の所有であつたが、同人は昭和七年八月二十二日隠居し、控訴人は家督相続によつて右建物の所有権を承継取得したものであり、控訴人の実弟中村正は本件建物を所有したことはない。それゆえ被控訴人は右中村正から売買によつてその所有権を取得するいわれはない。被控訴人主張の前記訴訟は、控訴人が被控訴人にたいし本件建物に存する被控訴人名義の所有権取得登記の抹消を求めたもので、控訴人から所有権移転登記を請求したものでもなく、また所有権自体の確認をもとめたものでもない。

右判決の既判力は本件建物の所有権の存否におよぶものでないから、右判決が控訴人の敗訴に確定してもそれによつて直ちに本件建物の所有権が被控訴人に属するものとなすことはできない。

二、控訴人は昭和二十年四月から本件建物の占有をはじめたものであるが、その占有は自己の所有物と信じていたものであつて、いわゆる善意の占有者である。したがつて、民法第一八九条第一項により、控訴人は本件建物より生ずる果実を取得する権限を有するのであつて、かりに、控訴人が本件家屋を第三者に賃貸し、その賃料を取得したとしても、その賃料をもつて、不当利得とするいわれはない。この理は控訴人自らが本件建物を使用収益する場合においても同様である(大審院大正十四年一月二十日第二民事部判決、民集四巻一号一頁参照)。されば、控訴人が昭和二十三年十二月一日から昭和三十年八月まで本件建物を占有したことによつて被控訴人主張のような利益を得たとしても、善意の占有者として法律上当然の受益にほかならず、不当利得ということができないから、被控訴人の請求は失当である。民法第一八九条第二項の「本権ノ訴」は「占有ノ訴」(同法第一九八条ないし第二〇〇条)に対応する観念であつて(同法第二〇二条)、「占有ノ訴」が事実上の支配たる占有権にもとずく占有の保持、保全、回収を求める訴を意味するのに対応し、「本権ノ訴」は本権にもとずく物権支配の回復(返還、防害除去、防害予防)を請求する訴訟をいうのである。しかるに被控訴人が控訴人の占有が悪意であることを主張するため援用する「本権ノ訴」は前記のとおり、控訴人から被控訴人にたいし、本件建物に存する被控訴人名義の所有権取得登記の抹消を求めた事案に関するものにすぎないのであるから、かような訴訟が民法第一八九条第二項にいう「本権ノ訴」に該当しないことは明白である。同規定は「本権ノ訴」に敗訴した占有者を「悪意ノ占有者ト看做ス」とし、反証を許さず、訴の提起の時にさかのぼつて占有にもとずく幾多の既得権をうばう旨を規定しておることからも、同条項の「本権ノ訴」の範囲は公平の見地からみて、制限的に厳格に解すべくみだりに類推適用すべきでない。この趣旨から同条項の適用さるべき本権者は自から本権を主張して、占有者にたいし物件の支配回復請求の訴訟を提起したものにかぎるべく、自ら少しも自己の権利について積極的に主張せず、いわば権利の上に眠る本権者を保護するごときは同規定の趣旨とするところではないとしなければならない。占有者が如何なる訴を提起しようともそれは同規定適用の問題でない。したがつて被控訴人が本件につき同規定を根拠として控訴人を悪意の占有者となすはあたらない。

三、かりに控訴人の建物占有により被控訴人に、その主張の損害が生じたとしても控訴人は本件建物占有につき、つぎに記載する各金額を支出しているからこれを被控訴人主張の請求額からのぞけば控訴人から返還すべき現存利益はない。

(一)  金二万円 昭和二十四年春ころ原判決添付目録(四)記載の草葺納屋屋根の一部(約三分の一)ふきかえ費用

(二)  金四万円 昭和二十五年春前記納屋屋根残部ふきかえ費用

(三)  金五万五千円 昭和二十四年十二月ころ今市市地震による主屋および倉庫の屋根損壊修復費

(四)  金五千円 同地震による家屋根太修復費用

(五)  金一万円 昭和二十三年十二月ごろ八畳間等畳表、床修復費用

(六)  金一万円 昭和二十三年十一月ころ、井戸を破壊されたためポンプ等修復費用

(七)  金二万円 昭和二十四年ころ電気動力線引込費用

合計 金十六万円

四、なお、かりに、被控訴人主張の金額より右金十六万円が当然さし引かれるべきものとの主張が認められないとすれば、控訴人は本件建物占有にさいし、前項(一)ないし(六)の保存費または必要費を支出し、かつ(七)の改良費を支出したものであるから、民法第一九六条にもとずき、本訴において被控訴人にたいしこれが各償還を請求し、被控訴人の利得返還請求債権と対当額において相殺の意思表示をする。以上いずれの点からしても被控訴人の請求は棄却せらるべきものである。

証拠として、当審における中村義治、佐藤正幸の各証言、控訴人本人尋問の結果を各援用し、甲第二、三、四号証の成立を認める。

理由

成立に争ない甲第一、二、三号証の記載と原審ならびに当審における証人中村正の証言、当審における証人中村義治の証言および右甲第一号証の判決につき昭和二十九年十二月二十四日最高裁判所において上告棄却の判決が言渡されたこと当事者間に争ない事実を合せると、本件建物はもと訴外中村正の所有であり、被控訴人が昭和二十年十一月十三日右中村正からこれを買いうけ所有権を取得し、同日その旨の登記手続を了したものであることを認めることができる。原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できないし他に右認定をくつがえすにたる証拠はない。

つぎに控訴人が昭和二十三年十二月一日から昭和三十年三月末日まで本件建物全部を無償で使用していたことについては原判決理由のこの点に関する判示(同判決書四枚目裏第六行ないし十行)と同一であるからこれを引用する。

そうすると控訴人は、被控訴人所有の本件建物をなんら権原なく右の期間使用していたのであるから、他人の財産によつて右使用による利益を受けたものといわなければならない。

控訴人は、右建物の善意の占有者であるから、民法第一八九条第一項の趣旨からみて不当利得者ではないと主張するにたいし被控訴人は、民法第一八九条第二項の適用によつて悪意の占有者とみなされると主張するので判断する。控訴人が昭和二十年中に前記事実らんに記載のとおり訴の提起をして、敗訴の判決をうけ、この判決が確定したことは当事者間に争がない。ところで民法第一八九条第二項の規定がたとえ善意の占有者であつても、本権の訴で敗訴すると、起訴のときにさかのぼつて当然に悪意の占有者とみなされ反証をゆるさないというきびしい規定であることから考えてみると、同規定に「本権ノ訴」というのは、明確に当初から占有を正当ならしめる権原そのものの存否が争われ、占有者の占有を直接に防禦し、あるいは排除することを目的とする訴にかぎり、たとえその訴訟中において占有の権原となり得べき権利の存否が審理の対象となつていても、これが占有を正当ずけあるいは排斥することと直接の関連がない場合は右「本権ノ訴」にあたらないものと解するのが相当である。被控訴人の主張する前記東京高等裁判所昭和二十二年(ネ)第一六三号事件は占有者たる控訴人から被控訴人にたいし、被控訴人名義の本件建物所有権取得登記の抹消を求めるもので、その訴訟中において右建物所有権の帰属が争われているけれども、控訴人の請求は不当な所有権取得登記を抹消することを目的としたもので、控訴人の建物占有がおびやかされていることを防ごうとするような訴ではなかつたこと成立に争のない甲第一号証の記載にてらし明白であるから、右訴を民法第一八九条第二項にいわゆる「本権ノ訴」であるとすることはできない。

この規定を援用する被控訴人の主張は採用しがたい。よつて同規定によつて右訴の提起の時にさかのぼつて控訴人を悪意の占有者とみなすことはできない。なお、後記認定のように控訴人が悪意となる前にすでに悪意であつたことを確認し得る証拠はない。

けれども前記のとおり右訴訟においては本件建物の所有権が控訴人にあるか、被控訴人にあるかが争われ判決理由において被控訴人にあることが認められ、右判決は昭和二十九年十二月二十四日確定したものであることが明かであり、また成立に争ない甲第二、三号証によると、本件建物の前主である中村正と控訴人との間に本件建物所有権に関する争の訴訟があり、東京高等裁判所昭和二十二年(ネ)第一六二号建物所有権確認請求控訴事件として、昭和二十六年十二月二十六日本件控訴人敗訴の判決言渡があり、右判決理由において、控訴人に本件建物の所有権がないことが判示せられたところ、右判決については上告の結果昭和二十九年十二月二十四日最高裁判所において上告棄却の判決が言渡されたことを認めることができる。したがつて特段の事由のみとめられない本件では、昭和二十九年十二月二十五日から後の控訴人は本件建物占有の権原すなわち所有権を有しないことを知つていたものと認めざるを得ない。

ところで、善意の占有者は占有物から生ずる天然果実および法定果実を取得し得べきことは、民法第一八九条第一項の規定するところでしたがつて控訴人が自己に所有権があると信じて本件建物を占有する間は、控訴人が本件建物を使用する利益をうけるのは当然であつて、その間被控訴人が右建物の使用収益をし得ないとしても、それは右規定により、もともと被控訴人の取得できないものを取得しないというにすぎず、被控訴人は控訴人の建物使用によつて損失をこうむつたということはできない。したがつて、昭和二十九年十二月二十四日までの本件建物使用による利得については控訴人に不当利得返還の義務があるとは解せられない。

しかし控訴人は昭和二十九年十二月二十五日から昭和三十年三月三十一日までの本件建物使用については、悪意の受益者としてその受けた利得を被控訴人に返還すべきものであるところ、原審鑑定人佐藤正幸の鑑定の結果によると、昭和二十九年四月一日から昭和三十年三月末日までの本件建物にたいする適正家賃は一ケ月三千百六十九円であることが認められるから、右割合によつて計算した昭和二十九年十二月二十五日から昭和三十年三月末日までの合計金一万二百二十三円(円未満四捨五入)は控訴人の不当利得にほかならない。よつてこれを被控訴人に返還する義務がある。

控訴人は前記三に記載するような本件建物にたいする修理費改良費の支出をした旨主張するけれども当審証人中村義治の証言、当審における控訴人本人尋問の結果中右主張に沿う部分は、当審証人佐藤正幸、同中村正の各証言にてらし信用しがたく、他にこれを確認しうる証拠はないから、控訴人の右三および前記四の主張は採用できない。

してみると被控訴人の請求は、前記金一万二百二十三円の範囲においてこれを認容できるけれども、その余は排斥を免れないから、原判決を右限度において変更し、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法策九六条、第九二条を仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 浅沼武)

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